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DM(変性性脊髄症)

コルク家がやってきた

またものすごく前のことですが・・・

五月の末にコルク家(コルクパパ&ママ&みのりん&ブンブン&愛ぴょ~)が
はるばる和歌山から石川に来てくれました。
みのりんが能登島水族館に行きたいと言ったのがきっかけらしいです。
なので、お泊りは能登島水族館近くの田鶴浜にある民宿つるやさん。
そんなところにペット可のお宿があったとは知らんかったわ〜

加賀でうろうろしていると大変なことになるので一気に能登を目指すことに。
ゆっくり休憩できるよう海岸にも出れる松任の徳光SAで待ち合わせ合流しました。
出発してすぐの白山インターで北陸道を下り、地道で能登を目指す。
能登半島の入り口からは能登里山街道に入ります。

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ここはちょっと前まで能登有料道路でしたが、
無料になりました。北陸新幹線とNHK連ドラ
まれの影響か金沢・能登が大人気で今は
ものすごく混んでるらしいです。
が…この日は空いてましたよ〜

里山街道は羽咋で下り、絶対お奨めスポット
「千里浜なぎさドライブウエイ」へ
日本で一ヶ所だけの車で走れる海岸。

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コルク家の皆さんもとっても喜んでくれました。
何よりブンブンがとっても嬉しそうでした。

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ブンブン、いいお顔です。
こはるが気になる愛ぴょ~と
愛ぴょ~が気になるこはる

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はい、並べてみました。

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おっさんおばはんも並べられました。
                 (みのりん撮影)

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久々に犬と走りたかったのかなぁ…コルクママ
くるみ、しっかりお供してますえ〜

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この日と翌日、千里浜でバイクのイベントがあり
ゲストがぐっさん(山口智充さん)でした。
ここで、いろんな砂像を作っている方々が
いらっしゃいました。製作途中にお邪魔虫~

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こんなんもありました・・・妖怪ウオッチ?

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羽咋市UFOの町です。
宇宙科学博物館もあります。

この後、近くにある「Trattoria Shigezo」という
イタリアンレストランでランチ。
テラス席わんこOKでした。
暑いかな〜と思ったけど、よしずの屋根があり、
海風が心地良く、快適でした。
はい、いつもながらブロガーの風上にもおけぬ私。
レストラン写真も料理の写真もない・・・です。

お腹がいっぱいになったら能登島水族館へGO!
せっかくの家族旅行のお邪魔虫してはいけないので
水族館に送り届けたら失礼するつもりやったけど、
コルクママから「一緒に行こう」と誘っていただいたので
一緒に入館しました。
わんこは入れないので駐車場の日陰を探し、
エアコンかけた車でしばしお留守番。

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ジンベイザメがいました〜

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ちょうどペンギンのお散歩タイム

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よその人がイルカのえさやりしてたのを横から撮影

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くるみ…?ではなくゴマフアザラシだよ〜

この後、宿に向かう途中にあった能登島ガラス工房
に寄り道して、お買い物とソフトクリームを食べて休憩。

宿周辺まで送り届けてお別れしました。

翌日、コルク家は能登島で観光がしたいということだったので
帰りに我が家の近くの尼御前SAでお見送りしてきました。
一拍二日で和歌山から強行旅行お疲れ様でした。
これに懲りずにまた遊びに来てくださいね〜
















しゅう家の本ができたよ

Syu_coverr300x480


Amazon Kindoleストアーで購入できます(電子書籍\300)


一人でもたくさんの人に、
特にわんこ好きな方、コーギー好きな方などなどには
ぜひ読んでほしい作品です。

大阪にいた頃、いつも一緒に遊んでいたしゅう家。
コギ友達のしゅう君とまろん。決して仲が良かったとは言えないけど、
お互いを認めあっていたね。
そんなまろんがDMになり、情報もないままじたばたしてた私…
そして少し後にしゅう君がDMに…
その後次々とお友達コギがDM発症し…
みんなそれぞれ生活が違うから介護もいろいろでしたね。

中でも、しゅう家はものすごく工夫したり色々なことしてはりました。
特にブログ(SYU&RIN 一緒に歩こう)はたくさんのDMファミリーの
バイブル的な存在となりましたね。
そんなしゅうとうちゃん&かあちゃんにもいろんな葛藤があったことでしょう。
そしてかあちゃんがしゅう君との3年8ヶ月のDM闘病記を綴られました。

私、たぶん読めないだろうと思っていました。
けど、涙なしで読み切ることができました。
ブログや会話を通してもいろんな話を聞いていたからかなぁ…
いろんなこと思い出しながら一気に読んでしまいました。

いまだ体調も悪い中、こんな素敵な本を書いてくれた
かあちゃんに感謝の気持ちと拍手を送りたいですshine

PS;ブログが滞っておりましすm(__)m
   年末年始の無理がたたって、1月下旬頃から絶不調な私。
   病気ではありませんのでご安心を…
   1月2月のことはまた、はしょっておまとめ記事になるか書けないか…
   ということになりそうです。
   一日も早く復帰できるよう頑張ります。
   くるはるは元気ですよ〜

アイちゃん安らかに…

3月2日夜遅くに悲しいメールが届きました。
ランファミリーのアイちゃんが急逝したと…
直前まで普通だったらしく、本当に突然に…

00
2012年GW片男波にて アイちゃん
砂浜でもお構いなしで車いすで走行してたね。

とってもおとなしくて控えめで優しかったアイちゃん。
トップ君たちのやさしいママでもありました。
悪性リンパ腫も克服したのにDM発症…
いつも一生懸命がんばっていたね。
本当にお疲れ様。もうゆっくり眠れるね。
そして、虹の橋にいるたくさんのお友達と走って遊んでね。
嫌かもしれんけど、まろんさんとも遊んでやってね。

01
2012年GW片男波にてまろんさんとツーショット
この時、少し弱っていたまろんさんに元気をいっぱい
分けてくれました。

02
2010年12月パンジーオフ会にて
車いすを本格的に導入した頃のまろんさんと
まだDM初期の頃のアイちゃんのカート並べてツーショット。

アイちゃん、今までありがとうheart01
どうか安らかに。。。

そして、ランママもものすごく頑張ったよね。
まだ、病気のランちゃんやヒロ君がいるのでゆっくりとはできないでしょうが…
きっとアイちゃんは優しいランママのもとで幸せな犬生だったと思います。

 

 

追記ですが…

DMという病気の恐ろしさをまた教わりました。
ある程度進行すると、本当に何が起こるかわからない。
個体差がありますね。
今、DMと闘っているWANちゃんも飼い主さんも
無理せずゆっくり頑張って下さいね。

大好きやったね

すいませ~んm(_ _)m
旅行の記事はまた後日になります。。。

今日は、ず~っと気になってた動画の復元作業。
ブログの動画をAmebaVisionに変えたのが2011年の10月。
それ以降、結構まろんさんの状況などで動画も載せていたので、
DMで見に来る人もいるかもしれないので復活せねばと思っていたのですが、
なかなか重~い手が動かずにいました。
AmebaVision閉鎖になって、12月はじめには完全になくなってしまうので
今のうちと思い立ったのが昨晩。
ゆっくりやろうと思っていたが、アメーバとユーチューブとぶろぐと
3つ見ながらやってると、私のおつむでは一気にやらなわからんくなってしまうので
とりあえずやりましたscissors
それ以前のFlipClipやニフティの分はあきらめましたけど。

ちょうど冬の場面がおおくてね~
大変やったしね、雪とか・・・
でも動画自体は辛くなるのであまり見ないようにしてました。
それでも最初のシーンは見えるから…
考えないようにして作業に没頭してました。

そろそろ、白山に雪が積もったり、寒くなったりして、
まろんにも
「あんなに暑かったのにもうすぐ雪降るで~」
なんて話したりしてました。
とにかく、雪が大好きやったからね、まろんさん。

そんな時にね…
さっきとあるブログを見に行きましたら…
多分DMの方はみんな見てると思うけど…Mちゃんとこ…
まろんとおなじくらいか少し後に発症したと思うのですが…

「早く雪が降らないかな。
もう一度一緒にそり遊びがしたいよ」

と書かれていました…

いやあ、もうだめですわ…号泣…crying

思い起こせば

まろん四十九日までに思いだしたことがあります。

いまだにはっきりしないまろんがDMを発症した時期。
2009年の夏頃から足が滑り始めたとおっちゃんは言うけど…
私はもうちょっと早かったような気がする。
まろんさん10歳の誕生日のぶろぐ記事を読んでたら書いてたことが気になった。
大体こんな感じ…

…急にいっつも歩いてる細かい砂利道に行くとビッコひくようになり、
歩くのを嫌がった。
アスファルトの道は平気だし、どんどん歩くし、足の裏を見ても
何にもなってないし・・・なんかおかしい …

そのあと、病院で診てもらったのだが、こう書いてあった。

…先生が背中から腰を押してみたら、背中と腰の二ヶ所でちょっと怒って痛がったまろん。
前は触ってもあまり反応しなかったのに・・・
そのあと、なんか調子悪げで、家の中でもなんか後足がくねくねしてたりして・・・
なんだか急に弱々しくなってきたような。。。
このまま歩けなくなるんじゃないかとすごく不安になった…

とあった。
そしてこの後のGW新潟まで出かけたのだけど、その時けっこう歩いたのだが、
まろんの足を気にしていたような記憶がうっすらある。

とにかくわからないが、だとすると2009年の春の初めくらいが
発症時期だったのかもしれないと思う。

で、DMという病気を知ったのはそれから1年以上たってから
ということになる。
そして、検査してDMが確定できたのが2010年の6月だった。
もっと早くこの病気を知っていたら…と思うものの、
知っていてもあまり変わらなかったかもしれないと思う。
着実にゆるゆると進行していく。そういう病気だと思うから。

でもまろんさん、それから2年、思いっきり頑張りましたscissors
鬼母となりまろんを歩かせることに必死でしたけどsweat01
でもそれなりに楽しかったnote
毎日まいちゃんやキンちゃんと一緒にお散歩できたのも
まろんが楽しく頑張れたことの要因の一つだったと思う。
楽しかったね、まろんshine

そして、まろんが…多分…最後に自分の足で踏み出して歩いた姿…

歩きたい。けど動けないねん、おかあちゃん。
一歩が踏み出せない。踏み出すのにものすごい躊躇してる。
けど、おいもほしさに頑張ってん。

この後は、歩くことはなかったsweat02
車いすで立つことはあったが一歩も歩こうとしなかった。
歩けなかったんでしょうが。。。

四十九日

明日、9月12日はまろんさんの四十九日です。
なので、おととい9日、朝からお寺に行って、
四十九日の法要と納骨してきました。
私的にはずっとずっとお骨もそばにおいておきたい気持ちもあったけど…
個別のボックス型のお墓を借りてそこに納骨しました。

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お寺にあったお位牌もここに納められます。
納骨堂の真正面で、少し見上げると
御本尊の観音菩薩像が見える。

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動物たちを見守ってくれてる観音様です。

そして、遺骨のなくなったお家のまろんさんも模様替え…

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そうそう、この写真のお線香の横にあるのは
まろんのために買ったおりんです。
とてもきれいな音色です。

真鍮製のおりん。
輪棒の代わりに天然石で鳴らす。
数種類の天然石の中からアベンチュリンを選んだ。
まろんの緑色の眼の色に合わせて…
(富山高岡の雅覧堂さんで購入)

まろんがいなくなってあっというまの四十九日。
まだまだまだまだまろんのいない淋しさで押しつぶされそうな私です。
考えれば、まろんがうちに来てから、
一日もまろんと離れたことがなかった私なのでした。。。

先に進むために…その3

まろんが眠った後、ものすごい後悔を私を襲った。

この日から仕事復帰したこと。
何で、よりによってこの日だったのか…

そして、この日病院へ連れて行ったこと。
調子良かったのに病院へ連れて行ったから熱が上がり、
調子が悪くなった…

病院に預けたこと。
すぐに連れて帰ってあげればよかった…
きっと一緒にいたかったに違いない。

食べずらいのかと思ったこともあったのに、
食べれることがあったり飲めたりでちゃんと
気付いてあげられなかった。

まろんが寝ているところで、
この先の予定や仕事のことをおっちゃんと
どうするかなどと話したこと。

細かいことをあげればまだまだある。
まろんはこれ以上私に迷惑かけたらあかんと思ったのかな?
何ぼでも甘えてくれてよかったのに・・・
もっともっとできることあったのではないかと
充分ではなかったという思いがどんどん溢れてくる。

おっちゃんは…おっちゃんの気持ちなんで私にもわからない。
ただ一つだけ、言った。
あの時、自分が無理におしっこに連れて行ったのが悪かったのではないかと…
まろんがぐたっとなった時の感触が今でも手に残っていると…

何が原因かなんて…
すべてはDMという病気ゆえである。
あとは、まろんをちゃんと送ってやることが私達の務めであるということ。

しかし、さすがにまろんである。
丸一日以上ゆっくりと家族で過ごす時間を遺してくれた。

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眠りについて30分ぐらい後のまろんさん。
本当にただ眠っているようでした。

この後、朝方までこのまま一緒に過ごし、
4時頃やっといつものようにまろんを寝室に移し、一緒に寝た。
1時間くらいは眠ることができた。
目が覚めるといつものようにただ眠っているようなまろんが
そこにいる。
ただ、もうアホカコールで起こしてくれない。
動くこともない。
急に現実に引き戻される朝であった。

まろんは色んな事教えてくれました。

まろんは色んな事聞いてくれました。

まろんはいつも一緒にいてくれました。

まろんは私にとってかけがえのない特別な子でした。

まろん、ごめんね…そして心からありがとう…

また会える日まで。。。

先に進むために…その2

そして7月26日。
朝、寝起きのまろんさん、また熱はやや高めの9度7分。
おいおい、今日から仕事やのに…
まあ、調子が悪ければ即休みますが。
7時半、微熱ではあるが9度4分。
8時頃いつもの朝の二回目おしっこ散歩に行ったが、
やはり出なかった。
でも、大丈夫かな。何より比較的元気であった。
まあ、いつもとあんまり変わらないので出勤した。
前日にTELで会社に頼んでいたのだが、改めて相談して、
検温やらご飯やら、何かと時間がかかるのでお昼休みを
前後30分ずつ余計にもらえるようにした。
今の状態がもう少し落ち着くまで…ということで。
仕事しててもなんか落ち着かないけど、動いている分、気は紛れた。

お昼にうちに帰ると、さっそくまろんさん、う○ちしました。
ほとんど食べていないのに出るもんです。
やはりゆるいので少々汚れます。
即、お尻を洗い、少しして検温。
こんな時はきっと高いだろうと思ったら9度1分低いやん、なんでかな~?
そして、いつものおしっこの時間くらい(12時20分くらい)に
保冷剤つけてカートに乗せて屋根広げて広場まで行った。
思えばこれが最後のお散歩になったんやね。
広場は木陰があるんでそこで降ろしていつもおしっこさせる。
この日も降ろして支えて立たせてみたがおしっこ出ず。
昼のおしっこから帰ってからはまたぐったり寝ている。
外に出て疲れたのか?
13時ころ再び検温したら、8度9分。
検温を始めて以来、一番低い。
様子はちょっとぐったりして怖い感じだが、熱はないしそのまま
後ろ髪ひかれながら会社へもどった。
午後はまた、バタバタ仕事して何とか時間が過ぎた。

仕事が終わり、家へ急いだ。
だが、なんとまろんさん、久しぶりにお帰りワンを聞かせてくれた。
帰って車から降りると「アホカ!アホカ!」と聞こえる。
そして家に入ると首を起こして私を見た。
昼出かける時は、声をかけてもまったく無反応やったのに。
帰ってきたらお帰りワン聞かせてや~と言って出かけたのだ。
それにこたえてくれたのかなあ…
まあ、なんでもええ、元気になってるし~一安心。
おまけに、お帰りおやつフードを食べた。6粒ほど。
元気やし熱もなかったのでおしっこのさせ方を習うため
病院へ行くことにした。
が、病院に着くと少しぐったりして熱が上がっていた。
動いたせいだろうと先生も私も思ってた。
朝からほとんどおしっこしてなかったのでかなり
溜まっていたらしく、おしっこを出してもらい、
途中から圧迫排尿を教えてもらった。
うまくできるかどうか不安だが、明日から頑張ろう!と思った。
病院のすぐそばにスーパーがあるのでまろんさんを見ててもらい、
買い物に行った。
車で待たせていたくるみを病院の周りで超短い散歩して家に帰った。
今思えば、車に乗せる時もまろんさん、
ちょっとぐったりしていたような気がする。
でもここのところはずっとそんな感じだったので誰もあまり気にしなかった。
先生も看護師さんも私も…
そこで疑問に思って診てもらえば良かったのか…

帰ってからもあまり状態はよくなかったが、
おっちゃんが帰ってきてくるみが吠えると一緒になって
少しアホカアホカと言い、お帰りフードも食べた。
しかし熱は40度1分あり、またちょっと朦朧気味に…
身体を冷やし座薬を入れました。
少~し意識が戻って、元気になったように思えた。
おっちゃんがくるみを少し散歩に連れてった隙に
ムーンライトをあげてみた。
割ってあげると食べないのでそのまま口元に持っていくと、
ボリボリした。が、そのままだ~っと口からこぼす状態。
そのころまでまだ、意識はあったと思う。
しかしまた寝たので、小さい頃よく歌ってやった子守唄をうたってあげた。
しずかに落ち着いた感じで寝はじめた。
そのとき、まろんを撫でながら私はゆっくり寝ていいよと声をかけた。
そのあと、また昏睡状態へと入っていった。

このビスケットボロボロ状態で気付いた。
まろんさん、熱があって調子悪くて食べれない時、食べたくない時もあったと思う。
けど、食べたくても食べれなかったこともあったのではないかと…
まだ普通に食べてる時から、食べ物を落とすことがあった。
口に入れてもポロっと落としたり、噛んでる途中でポロッと落としたり…
もう食べにくくなってきてるのかなぁと話したりしてたんだけど、
あまり気にしていなかった。
しかし、食べれなくなってから少し食べ方が変わった(今思えばである)
手のひらに乗せてもうまく取れない。水飲み鳥のように
口をつつくように持ってくるが、うまく取れないこともあった。
掌で口の中に押し込むようにしてやるが、ポロッと落とす。
舌がうまく使えなくなっていたようだ…やはり麻痺の進行か。
ぐっと押すようにして奥の方まで入るとなんとか食べれた。
給水ボトルで水を飲んだりできていたので舌の先の方は
まだ動いていた。
寝ているので水分は口に入ると奥の方へ流れて行ったに違いない。
しかし、固形物は運べなかったのではないかと思う。
まろんの性格上、うまくできないと嫌になってやろうとしなくなる。
食べ物を見てそっぽ向いたのは嫌だったからなのか?
うまくできないからなのか?謎である。
もし、舌の奥や喉まで麻痺していたら、流動食をシリンジで無理に
食べさせるのも危険であったに違いない。
それを先生がとめた理由はそこにあったのか??
わからないが、舌の機能も麻痺にやられるていたのではないだろうか。

そして、熱は下がらないまま11時を過ぎた(40度5分)。
意識はもうろうとしているし、身体を冷やすしかない。

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かなりしんどそう。
気がつけば、ハアハアと言えなくなっていた。
だから体温調節ができなかったのか・・・

が、まだ意識はあった。
できるだけいつも通りしてやる方がいいかと、
おっちゃんがおしっこに連れてった。
夜は家の前で抱っこしたままの状態でさせるのだが…

おっちゃんがまろんの名前を叫びながら大慌てで家に入ってきた。
おしっこさせようとしたら急にがくっと力が抜けたらしい。
家に入って抱っこしたままソファに…
目は白黒させて口から軽く泡をふいている。
癲癇か?完全に気絶して意識が無くなっていた。
舌が出ていて噛んだらいけないので
口をこじ開けようとしたがものすごい力で口が開かなかった。
2人でまろんの名を呼び撫でたりしていると
少し落ち着いてハアハアと息をした。
ベッドに移し、見守るしかできない。
12時前、熱は依然として40度2分あった。
おそらくこの後はもう意識はなかっただろう。
2人でまろんを撫でてやり、肉球を撫でてやる。
小さい時、車でそうすると落ち着いたから…

そのあと、まろんがパクパクと変な呼吸を始めた。
先生から聞いていた呼吸不全の時の呼吸の仕方である。
何かしてあげた方がいいのかと目の前にあったパソコンで調べると
それはもうかなり危険な状態であると書かれていた。
もう最期の時か…
一回目のパクパク呼吸の後、いったん静かになりこのまま逝くのかと思ったら、
大きく一回息をしてそのあとハアハアと息をした。
そしてまたしばらく静かに寝ているよう。

ここでまろんに逝くなとか、頑張れとか言わなかった…言えなかった。
そうするとまろんはまた頑張ろうとする。
苦しまなくてはならない…

まろんに、もうがんばらなくていいよ。
もうゆっくり寝ていいよ。
もうお仕事しなくていいよ。

と言ってあげた。

しばらくすると、またパクパク息をした。
そしてそのまま、眠ってしまった…永遠に。

時計は、日付が変わり、7月27日午前0時36分だった。

先に進むために…その1

まろんさんが亡くなって一ヶ月がたちました。
私自身、まだまだそこにまろんは寝ているような気がするし、
気がつけば、まろんに話しかけ、涙が止まらなくなる…
それでも、まろんの最期を書かなければ、ここから先に進めない。
気持ちの整理がつくのを待ったら、何年もかかるやろう…
いやいや、つくんかなあ???
まろんの最期にはいろんな失敗…後悔がつきまとう。
でも、失敗と思ったのは、すべて後になってからである。
その時は気付かなかったことがいっぱいあった。
だから、本当のところはわからない。
多分こうだったのだろう…だと思う…みたいな感じですが。
それでも、後に続く、DM仲間のために書かなきゃと思いました。
みんなが同じではないけれど・・・・・・

その1は前に書いた「決意」の日=7月25日(まろんの亡くなる2日前)

朝起きると大量のしっこと共にゆるめう○ち。
お尻を洗って熱は39度6分。やや高め。
その後すぐに少し下がり39度3分ほどに。
お仕事復帰のための相談したく、やはり病院へ。
この時の事は先日書いたとおり。
しかし、私の決意の中には仕事復帰の決断以外にもっと重い気持ちがあった。
この時、どこかでまろんの死も覚悟していた。
いつでもおかしくない状況が続いたし、
先生でもいつというのははっきり判らないのであろうが
それらしきことを言葉の端々に感じた。
もしかしたらまろんの最期を看取れないかも
という覚悟をしなければならなかったのだ。
それでも仕事に行くかどうか…たまたま、暇な時期だったので
3日も仕事を休めたが、これが繁忙期であれば
この3日もなかったかもしれなかった。
そのことを先生に言うと、先生はこう言われた。
「この子は、多分、待ってると思うよ」と。。。
私の決意は覚悟でもあったのだ。

ただ最期には呼吸不全と言われているDM。
それがどういう状態になるのか?ただそれだけが心配だった。

最近は少しおしっこの出が悪くなっていた。
病院ではおしっこを出してもらった。
調子が悪くなってからも自力排尿したり、
少し出にくい時も下におろして立たせたり抱っこのままだったりだけど、
少し足の付け根あたりを押すだけでおしっこは出ていた。
ただ、量はやはり減っていたのだと今にして思えばそう思う。
家でのチョロ漏れもあまりなく、カートの中でもあまりおしっこしなかった。
完全に出ないわけではなかったので油断してしまった。
病院でもそんな状況でまだ自力排尿もしていると話したので
まだ大丈夫だと思い圧迫排尿のやり方をきちんと習っていなかったのだ。
これも、私の大きな失敗の一つだ。

病院から帰ってからはまた、よく寝ていた。
この日はほとんど食べなかった。
夕方水を飲むまろんさん。

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座ってるのが難しくこうやって水を飲むのも
やや飲みにくくなっていた。
段々崩れて来て水にはまっていくのだ。
手の下にクッションを置いて少し飲めました。
けど、口が濡れて気持ち悪いらしく・・・

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顎・口をこすりつけてふきふき~
まだ自力でこんなこともできてました。

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この日は調子良くハアハアいうてベロも出して
体温調節もできてた。

こんな笑顔も見せてくれた。
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ちょっと暗いけど…いい顔してます。

そして、夕方カートに乗ってお散歩もしたよ。

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先にくるみを少し散歩させ、途中でまろんさんを連れ出す。
やはりおしっこはあまりせずでしたが、
ちょっと気分転換できたかなあ。
この日は、この後も落ち着いていた。
あまり食べなかったとは思うがいつもどおりに過ごした。

あまり悪くない時は、記憶も曖昧だ。
覚悟はしても、さすがに今日明日とは思っていなかった私。
なので細かくメモもしていなかった…検温記録のみだ…これも失敗かな。

永眠

本日、0時36分、まろんさん、永眠いたしました。

少し昏睡と呼吸の乱れはあったものの、

大きく苦しむこともなく、

最期は静かにゆっくり呼吸が止まりました。

まるで眠っているかのように…

前と同じきれいな顔のまま…

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調子が悪くなってからの10日間、

たくさんの方に応援してもらい、

調子が良くなったり悪くなったり…

それでも一生懸命頑張りました。

最期は、

もうゆっくり寝ていいよ…

もう頑張らなくていいよ…

という私とおっちゃんの呼びかけに

答えるように、

ゆっくりゆっくり眠りに入っていきました。

これまで、まろんを愛して下さった方々に、

そして応援して下さった方々に、

大きな大きな感謝の気持ちでいっぱいです。

また、落ち着いたら、ゆっくりとご報告したいと思います。

本当にありがとうございました。

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